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sumahoと一緒に…

yoppiの雑記ブログ

越境合併 元狭山村民の決断 入間市 歴史

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この建物ご存知でしょうか?
お隣瑞穂町にある『元狭山村ふるさと思い出館』といい、旧入間郡元狭山村役場だった建物です。

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入間市にも瑞穂町にも『二本木』という名の地名があります。
ん?なんでだろう??と疑問に思い調べてみると越境合併という深刻な出来事があった事を知りました。
以下まとめてみました。

まず、元狭山村とは、埼玉県の南西部にあり入間郡に属していた。
1889年(明治22年)二本木村、高根村、駒形富士山村、富士山栗原新田が合併し、入間郡元狭山村が成立。

1958年(昭和33年)村の一部(二本木の一部)が武蔵町(現入間市)へ編入

同年東京都西多摩郡瑞穂町へ編入

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元狭山村時代に建てられた元狭山神社は旧村役場の向かいに建っています。
御由緒には確かにこの地が埼玉県だった事が書かれています。

周辺を散策しましたが当時の名前を残す物は殆ど残っていませんでした。

昭和の大合併と称される昭和31年時、元狭山村は人口3000ほどの町で、埼玉県の町村合併試案では、周辺の宮寺村、三ヶ島村との合併を提案していました。しかし、元狭山村議会は東京都瑞穂町と合併する事を全会一致で議決し、埼玉県の試案は全会一致で否決したため、埼玉県は激怒します。
県は合併を阻むため協議会を設置し、全県をあげ反対運動に動き出しますが、都側は、埼玉県側のあくなき政治的妨害と捉えていました。隣接している武蔵町も元狭山村に説得運動を展開します。
元狭山村の中にも合併賛成派と反対派があり、事態は泥沼化します。
それから4年後、元狭山村を分割し、1/3が武蔵町へ編入され2/3が瑞穂町へと編入されたのです。
この間暴行、監禁事件が起こり逮捕者も出ました。
以上の事から『二本木』が瑞穂町、入間市双方に地名として残ったわけです。

越境合併の背景
瑞穂町は昭和30年5月に横田基地拡張の為15万坪に及ぶ農地買収を申し込まれていました。瑞穂町はこれまでも町の1/4が横田基地と東京都の水源用地として買収されており、新たな農地買収は耕作者にとって死活問題でした。東京都もこの事情を踏まえ、瑞穂町、元狭山村の合併を推進したのです。
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当時の新聞から

引用元